プロアスリートマネジメント
アーキテクトのマネジメント理念はひとえに“プレーへの没頭に繋がる環境整備”。――アーキテクトでは、個々のアスリートにかかわる、マスコミとの取材対応、メディア・広告出演交渉、スケジュール管理、肖像管理、経理事務、秘書業務を担うかたわら、日常のケアをもきめ細かにサポートし、所属アスリートからの全幅の信頼を獲得しています。

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松坂大輔 Daisuke Matsuzaka
生年月日 1980年9月13日 出身地 東京都 所属チーム ボストン・レッドソックス 99年、横浜高のエースとして甲子園春夏連覇。翌年、ドラフト1位で西武ライオンズに入団。04年アテネ五輪では、銅メダルを獲得、同年、西武を日本一へと導く。日本が優勝した06年WBCではMVPの栄誉に浴する。07年、ボストン・レッドソックスへ移籍し、日本人初のワールド・シリーズ勝利投手になるとともに、チームはワールド・チャンピオンに輝く。09年第2回WBCでは再びMVPを獲得、日本の連覇に貢献する。

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名波 浩 Hiroshi Nanami
生年月日 1972年11月28日 出身地 静岡県 サッカー解説
ジュビロ磐田アドバイザー日本サッカー界屈指の“レフティ”。順天堂大学卒。大学ナンバーワン選手として、ジュビロ磐田に入団。開幕戦でスタメンに抜てきされ、そのままレギュラーに。同年には日本代表に初選出され、代表デビュー戦でいきなり得点をマーク。ゲームを組み立てる能力が高く、日本代表に定着(68試合に出場)。99〜00年、セリエA“ACヴェネチア”に期限付き移籍。

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服部年宏 Toshihiro Hattori
生年月日 1973年9月23日 出身地 静岡県 所属チーム 東京ヴェルディ 東海大一高→東海大。日本代表として出場した主な国際大会は、96年アトランタオリンピック(U-23)、アジアカップ(UAE)、98年FIFAワールドカップ(フランス)、00年アジアカップ(レバノン)、01年コンフェデレーションズカップ(韓国/日本)、02年FIFAワールドカップ(韓国/日本)、03年FIFAコンフェデレーションズカップ(フランス)。

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鈴木秀人 Hidoto Suzuki
生年月日 1974年10月7日 出身地 静岡県 所属チーム ジュビロ磐田 ジュビロ磐田ディフェンスラインの一翼を担う。浜松商卒。96年アトランタオリンピック(U-23)日本代表。02年Jリーグアウォーズ・ベストイレブン。抜群のスピードを誇り、地上戦における1対1の強さに関しては折り紙つきの実力派。キレないDFを目指して、自己鍛錬中。

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田中 誠 Makoto Tanaka
生年月日 1975年8月8日 出身地 静岡県 所属チーム アビスパ福岡 1対1での強さ、豊富な経験から裏打ちされるカバーリングの巧みさ、正確なフィード、試合をフルに戦えるスタミナ、冷静な判断など、DFに必要な能力をすべて有するスペシャリスト。96年アトランタオリンピック(U-23)、04年アジアカップ(中国)、05年FIFAコンフェデレーションズカップ(ドイツ)の、日本代表。98年および02年Jリーグアウォーズ・ベストイレブン。

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鈴木隆行 Takayuki Suzuki
生年月日 1976年6月5日 出身地 茨城県 所属チーム ポートランド・ティンバース 世界を股にかける日本のFW。日立工業高校、鹿島アントラーズ、CFZ(ブラジル)、ゲンク(ベルギー)、ゾルダー(ベルギー)、鹿島アントラーズ、レッドスター(ベオグラード)を経て、現在は横浜F・マリノスに所属。01年日本代表選出。02年W杯では日本の初ゴールを生み出し、倒されても起きあがるプレーで日本代表の軸に。

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成岡 翔 Sho Naruoka
生年月日 1984年5月31日 出身地 静岡県 所属チーム ジュビロ磐田 MF。藤枝東高中学3年のときU-15日本代表に選出され、そのまま代表に定着。01年にはトリニダードトバゴで開催されたU-17世界選手権に出場した。ユース代表でも06年10月、U-20アジア選手権で全6試合をプレー。中盤のさまざまな位置で起用されてきたが、本職はいわゆるトップ下。現在、磐田では中盤の攻撃的な位置で起用されている。

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大井健太郎 Kentaro Ohi
生年月日 1984年5月14日 出身地 静岡県 所属チーム ジュビロ磐田 生まれ年を成岡に同じくする、ジュビロ磐田期待の若きディフェンダー。高洲南小1年生のときからサッカーをはじめ、高洲中時代はACMブルックスジュニアユースに所属し、静岡県中西部選抜入り。藤枝東高では、05年の全国高校総体で準優勝。

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望月重良 Shigeyoshi Mochizuki
生年月日 1973年7月9日 出身地 静岡県 清水商、筑波大と名門校を経て、96年、名古屋グランパスに入団。1年目からレギュラーを獲得する。以後、攻撃的MF、ボランチ、右サイドアタッカーとポジションを変えながらも、チームの核として活躍。日本代表として、8試合のキャップ数を誇る。07年Jリーグ引退後は、サッカー解説のほか、ジュニアサッカースクール“SKY”のコーチとしても活躍中。







